1月27日号


2018年成人式

 

成人の日の今月8日、区内の中学校など10会場で成人式が開催されました。緑区での今年の新成人対象者は、平成9年4月2日から同10年4月1日生まれの2494人(男子1260人・女子1234人)。あいにくの冷たい雨が降る1日でしたが、式には対象者のち80%を超える新成人が出席。各会場はスーツや晴れ着に身を包んだ男女でにぎわいました。

 (写真/ 「心の灯」を見守る出席者たち=緑文化小劇場で)

 

【緑文化小劇場会場】 
緑文化小劇場には前10時から鳴海東部・常安・徳重・熊の前・神の倉の5学区、午後1時から旭出・滝の水・小坂の3学区の新成人が集まりました。
午前の式典には冷たい雨の中にも関わらずの出席者で座席が足りないほど。女性陣の大半が和服姿で凝った髪型が目立ちます。その変身ぶりにスーツ姿の男性陣からは「女子は誰だか分からないな」との声も。
式典の中でも盛り上がったのは各地区の新成人代表者が持つろうそくに前年の男女代表者が点火する「心の灯(ともしび)」。各地区の代表者が呼ばれるたび大きな拍手と笑い声が起こりました。
若尾侑哉さん(大学生)は「友人と夢だった起業をし、今は奮闘中です」と意気揚々。また森本海羽(みゆ)さん(大学生)は「勉強している建築の仕事に就きたい」と将来の夢を、同じく竹重紗(ずず)さんは「両親に手紙を書いて渡しました」と親に感謝を伝えたと話していました。

 

【鳴子台中会場】
鳴子台中会場の対象は鳴子・長根台学区。午前10時半から体育館で行われた式は、地元の鳴子踊りチーム「鳴子調」と「煌☆」(きらぼし)の演舞で開始。式後半には、新成人男性代表の永田涼さん(メーカー勤務)が「自分の行動に責任を持てるようになりたい」、女性代表の小出明里さん(大学生)が「今はまだまだですが、自立したい」と「誓いのことば」を述べました。
式終了後午前11時半からは、会場や席はそのままに「同窓会」が行われました。これは毎年新成人有志が立案、運営するもので、この会場ならではの恒例行事。当時の授業風景を思い出させる恩師のお祝いスピーチに一同爆笑し、この会のために作られた中学3年間のスライド上映に涙ぐみ、最後は「晴れ着の女子に代わって男子が頑張ろう」などと全員で椅子を片付け、中学3年時のクラスに分かれて歓談タイム。和気あいあいの雰囲気のまま午後0時半に散会となりました。

 


【緑区役所講堂会場】 
区役所講堂の対象は緑・平子学区で、左京山中学校などの卒業生121人が集まりました。
午前10時から行われた式では平子学区の高山光直区政委員長の開会のあいさつに続いて、丹羽弘樹農政課長が「郷土に愛着を持って、町づくりの担い手になってほしい」と緑区長の祝辞を代読。また、祝いに訪れた、新成人が中学3年生時の担任たちが紹介されると、会場内の列席者たちから歓声やどよめきが起きていました。
阿部佑香さん(大学生)は「成人式がひとつの区切りかな。ちゃんとした大人になって親や祖父母に自立した姿を見せたい」と話し、中野圭さんは「久しぶりにみんなに再会できてうれしい。人から慕われる大人になりたい」と話していました。

 (写真/ 式の合間にピース!=区役所講堂会場で)


  

 


手作りの列車
山口隆善さん

 

昨年秋の大高地域コミセン祭りなどで全長4㍍45㌢の自作の列車を走らせた山口隆善さん。
列車は客車とトロッコが連結された5人乗りです。エンジンは車のワイパーのモーター2個で動きます。線路幅は個人でトロッコなどを走らせる世界最小の15㌅(381㍉)。材料は農作業小屋の廃材を使用しています。
きっかけは、友人と三重県を走る三岐鉄道三岐線にミニSL・ミニ新幹線無料運行を見に行ったこと。「これなら自分も作れるかな」と思ったそうです。
「子どものころは、大高の堤防をトロッコが走っていた。また、大工さんと一緒に父が家や小屋を建てていて、私も手伝った。いろいろ作るのは、父の影響かな」と、懐かしそうに話します。
若いころは、ヨットを造って琵琶湖の大会に出場。ミニカーやカヌーのキットを作製し、実際に道路を走ったり池で浮かべたり。「農作業小屋はすっかり工作小屋になってしまった」と、笑顔で話していました。

 (写真/ 自作の列車に乗っている山口さん=自宅で


西尾 孝雄さん

 

地元で生まれ育った孝雄さんはもともと「野球をやっていなかったし、あまり(ドラゴンズの事を)知らなかった」そうですが、「親戚の薦めで息子を初めてナゴヤ球場に連れて行ったら面白くって」―以来、ドラゴンズに夢中だそうです。
ナゴヤドームが完成してからは毎年ドームに足を運んでいて、「シーズンシートで知り合いと観戦したり土日なら孫を連れて行ったり…。半分応援して半分はビールを飲んでいる。売り子さんにも顔を覚えてもらっているよ」と笑います。家ではJスポーツ(※スポーツ専用TVチャンネル)を視聴し「試合を最後まで楽しむ」そうで、「負けても態度には出さないが、やはり勝たなきゃ面白くない」と話していました。
昨シーズンを「荒木雅博選手の2000本安打達成は良いニュースだった。大島洋平選手もケガして打率3位は立派」と振り返り、「今季はぜひAクラスになって!ケガしないように頑張って」とエールを送っていました。

(写真/ 球場で拾ったファウルボールを手に持って=自宅で)

 



0 コメント

1月3日号



緑区の発展を80年以上見守り続け
昭和9年戌年〝有松5人衆〟


2018年新春の緑区ホームサービス紙の紙面を飾ってくれるのは、全員1997(昭和9)年生まれの戌年5人衆です。生まれも育ちも有松で、80年以上にわたってこの緑区の発展を見守ってきた5人の方々にお話を伺いました。 
【前列】

右・福岡 友一(ともいち)さん
中・山本鎌之(かねゆき)さん
左・梶野 繁松(しげまつ)さん
後列
右・梶野 多喜夫さん
左・早川 金吾

 

これからも「地域のために貢献したい」
当時の知多郡有松町(現在の緑区有松、桶狭間)に誕生した5人は共に、昭和16年に尋常小学校から名称変更になった有松国民学校の1期生。昭和22年からの新制中学も有松中学校の1期生とどちらも1期生で卒業しました。「生徒数は国民学校入学時から、2クラス合わせて70人程度で、女子の方が多かった」「新制中学の時は、町に財政的に余裕があったのか、他の市町村に比べ、かなり早くに校舎が新築され、勉強に集中できた」と思い返します。
戦後(第2次世界大戦後)昭和25年頃までは、「農家以外の家庭の食料事情は厳しく配給制。米の代替品として麦やサツマイモ・トウモロコシなどが配給された」と振り返り、そんな時代に少年期を送った5人は、現在は「食料自給率が約40%なのに、輸入に依存して食べ物を粗末に扱っている現状」に「これでよいのだろうかと深く危惧している」と言います。
現在を含めてこれまでも公私にわたって地元活性化のために尽力してきた5人衆。「まだやり残したことがあるので、お迎えはもう少し待って」と笑いながら、「地域のために貢献したい」と話していました。
 
 

 


緑警察署長 竹尾孝由警視

区民目線でよりよい社会に

 

昨年3月、愛知県警察本部住民サービス課課長から緑警察署長に就任。緑区の印象を「鳴海宿など歴史のある町、その一方で人口も多く空き巣や忍び込みなどの犯罪被害も多発している」と話します。
緑警察署長として区民まつりなどのイベントにも参加。「緑区民には警察を身近に感じてもらえていると実感している」と話します。同署に届くさまざまな要望の声には「できる限り対応し、必ず担当者から回答する。区民の目線に立つことが、よりよい社会づくりにつながる」と力を込めます。
高校時代は陸上部に所属し、「デスクワークよりも体を動かしたくて」との思いで卒業後は警察官への道へ―。警察学校での1年間を「全く経験がないことをゼロから学ばなくてはいけなくて大変だったが、仲間(同期)がいたからこそ乗り越えられた」と振り返ります。
区内を散歩するのが楽しみ。「常に町の様子に変わりがないかと気を配りながらも、美しい有松の町並みや旧東海道沿いには情趣を感じる」と笑顔。
あす4日から始まる平針試験場の建て替え工事に伴う交通規制には「みなさんのご理解とご協力をお願いします」と。


信長攻路」の銘板を設置
市長も参列し氷上姉子神社で除幕式


名古屋市は、1560年の桶狭間の戦いで織田信長が勝利したことにちなんで、信長の参戦行路を「信長攻路」として観光資源化。清洲城(清須市)から熱田神宮を経て桶狭間に向かう途中にある大高町の氷上姉子(ひかみあねご)神社境内に「信長攻路」の銘板を設置し、12月2日、河村たかし市長も参列して除幕式が行われました。
河村市長は甲冑(かっちゅう)姿で境内に登場。集まった大勢の人たちに向かって、信長は熱田神宮で戦勝祈願をして今川義元攻略に向かい、氷上姉子神社は熱田神宮の「元宮」に当たるという由緒を紹介しました。
銘板は拝殿の脇に設置され、直径30㌢の円盤に信長の姿と家紋をあしらい「信長攻路」と明記されています。円盤の下には「街道沿いの銘板を道しるべに、人生大逆転を祈願して信長攻路を歩いてみませんか??」などと名古屋市観光文化交流局による簡単な説明が書かれています。
除幕式では、河村市長や熱田神宮禰宜(ねぎ)で氷上姉子神社詰の井上元久さんらが紅白の綱を引き、集まった人たちが盛んにカメラやスマートフォンで写真を撮っていました。
 大高地域観光推進協議会会長の近藤光男さんは「氷上姉子神社は、これを機に大高地区の新しい観光名所になると期待されます。たくさん人が集まって緑区を盛り上げてほしい」と話していました。


「信長攻路」の銘板除幕式=氷上姉子神社で

井田 賢二さん・和則さん
感動する試合をまた見せて

 

ドラゴンズが創設以来初のリーグ優勝と日本シリーズ制覇を果たした1954(昭和29)年に活躍した杉下茂投手の大ファンという父・賢二さん。「父の影響もあって」息子・和則さんも「物心ついた時から」ドラゴンズ・ファン。「最近はあまりナゴヤドームに行かないが、昨年8月に(ドームに行った時に)ちょうど高橋周平選手のランニングホームランが見られたのが印象に残っている」と話し、「ただ、最近は弱いので少し卑屈になりかけている」と苦笑い。「1994(平成6)年の10.8(※同率首位で並んだ中日と巨人が、最終戦で直接対戦する優勝決定戦で日本中が注目した)は今までで一番興奮した。結局負けたけれど、こういう感動する試合をまた見せて!」と熱望しています。
ドラゴンズが負けた日は「寝つきが悪くなる」と話す賢二さんは、「京田陽太選手が新人王に選ばれたのは良いニュースだった。ピッチャーも若手が頑張っているから今季に期待しています」とエールを送っていました。

 

☆「ドラゴンズが体に染みついている。ずっとファンです」と和則さん(写真右)


戌年だよ!

 
1万年以上も前から人間と一緒に暮らしてきたといわれる犬。警察犬はじめ番犬や盲導犬、聴導犬や災害救助犬…人間のそばで暮らしながら、持って産まれた特質を生かして人間を助けてくれる姿に感動しますね。一方、そばにいるだけで、癒しと力を与えてくれるペットとしての「ワンコ」をご紹介します。

 
白柴さなちゃん 8歳・白芝犬

写真を投稿するインターネット・インスタグラムに自身の名を冠したページは大人気。ファンともいうべきフォロワー数は、12万人。毎日、5000人から「いいね」のスタンプが押されるという超アイドル犬。
ページで七変化の表情を見せる「白芝さな」ちゃんのページの筆者は、海井則子さん。インスタグラムにも「母ちゃん」として登場する飼い主で、さなちゃんの安心・安全・満腹装置、時々「変な格好」をさせる大好きな相棒。インスタグラムの写真のキャプションや吹き出しに思わず相づちを打たせるセンスの持ち主。
「あの頃はほんとにかわいかった」と生後2カ月で家族になった頃を思い出す海井さんは「今では散歩も嫌がり、ぬるま湯生活を満喫し倒す、ぬるーい犬」と表現しますが、とんでもない、椅子の上で黙ってポーズしているさなちゃんは、喜んででもらおうと頑張っている忠犬です。
2年前には、出版社に誘われて「白柴さな。」をバウ村のりこの名で出版しています。

 
☆本紙のために「お正月バージョン」でドレスアップして撮影に臨む さなちゃん


0 コメント